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仙台観光-3

  • Post on 2009.02.22 16:45
  • Categry : ねね
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  • Comment(7)
円通院の隣になる『瑞巌寺』。
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正式名称「松島青龍山瑞巌円福禅寺」。
障壁画や欄間の彫刻など、随所に桃山文化の粋がみられる寺ですが、ここには入りませんでした。
なんとな~く忘れてた感じ??国宝なのにね・・・。

「瑞巌寺の参道」
総門をくぐると杉木立が遠く続き、明治維新前には参道の両側に、片側6軒ずつの塔頭(子院)が並んでいました。
洞窟群には五輪塔や笠付塔婆など無数の墓標が安置されたり、壁面に彫りつけられています。
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続きまして、『五大堂』です。
P1060255_s.jpg
五大堂へ行くには透橋を渡ります。
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この透橋は、「足元を見つめて気を引き締める」ためだといわれています。
2ワンとも全然平気な様子。うめこに至っては透かし部分も歩いちゃってました。
P1060267_s.jpg
五大堂は、
P1060259_s.jpg
807(大同2)年、坂上田村麻呂が東征のおり、毘沙門堂を建立したのが最初。 後に、慈覚大師円仁が円福禅寺(瑞巌寺の前身)を開いた際、「大聖不動明王」を中央に、「東方降三世」、「西方大威徳」、 「南方軍荼利」、「北方金剛夜叉」の五大明王像を安置したことから、五大堂と呼ばれています。現在の建物は、 伊達政宗公が慶長9年(1604年)に再建したもので、桃山式建築手法の粋をつくして完工したものです。
伝説では、 慈覚大師円仁が五大明王を安置したところ、坂上田村麻呂が祀った毘沙門天は光を発して沖合いの小島に飛び去り、 その島は毘沙門島と言い伝えられています。(国重要文化財)
ねねも一緒にお参りしてみました。
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次に向かうのは朱色の「福浦橋」です。天気が良くなかったので暗いですね。
P1060261_s.jpg
松島湾には、透橋、渡月橋、福浦橋という朱塗りの橋がかかっています。
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福浦橋は、全長252m、幅2.6mで“出会い橋”とも呼ばれ、1967年に完成しました。
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福浦橋を渡った福浦島は県立自然植物公園となっていて遊歩道も整備されています。
人がいないのでちょっとだけラン。
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途中にある東屋で休憩しました。
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うめこは眠いのかな?w
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まぁなんつーかどこにでもあるんだな~落書きって。
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“私はバカ者です“って書き残して何になるのか?大学生ならこれくらいの判断できるだろー。

島内にある多目的スペースでワンさんたちを走らせました。
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仲良く遊ぶということはなく、ボールを追いかけるうめこにギャンギャン文句をいうねね・・・。


帰りますか~と車へ向かうと拒否するうめこ。かわゆい。
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帰り道、ホームセンターによってお買いもの。仲良さそうに見えなくもない??
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散歩後のお決まり、母によるブラッシングを受けるうめこさん。
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ワンコとは思えぬ声で唸っていましたw。
2ワンとも疲れただろーなー。
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次の日はゆっくり家で過ごしてから東京へ帰っちゃっいました。
P1060356_s.jpg
楽しい4日間でした。
ねねの誕生日プレゼントもありがとう。
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4日間一緒にいても仲良しになれなかったねねとうめこ。
ねねが一方的に拒否してる感じでしたが・・・。
新発見は、ねねがすごいヤキモチ焼きであること。私以外の人は前から気づいていたようですが・・・。

年に1~2回は東京に遊びに行って、ねねとうめこが仲良くできるようにしたいです。
また遊びに来てね。
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